2026.09.01 | テクノロジー

Anthropic新規格「MHS」、AIエージェントが機械を安全操作へ

研究室や工場には顕微鏡やロボットアームなど数多くの機械が並んでいますが、互いに言葉を交わすことはできません。Anthropicは、HHMIジャネリア・リサーチ・キャンパスと共に、AIエージェントが物理的な機械を安全に操作するための共通規格「Model Hardware Standard(MHS)」を発表しました。

機械同士が話せない、という長年の課題

研究室や製造施設では、ハードウェアのセットアップや統合に通常数週間、場合によっては数か月かかるといいます。顕微鏡や液体分注装置、ロボットアームといった機械の多くはそれぞれ独自の命令方式でしか動かず、同じ言葉を持たないために、装置をつなぎ合わせるには、その都度専門家が個別のプログラムを組む必要がありました。
さらに、機械同士がようやく接続できたとしても、そこにAIエージェントを関わらせようとすると、また別の壁がありました。装置からAIエージェントへデータを渡す共通の方法も、AIエージェントが機械を安全に操作するための共通の手続きも、これまで存在していなかったからです。

MHSは、この統合作業を数時間、場合によっては数分にまで短縮するとされ、対象となるのは、プログラムで動かせる仕組み(プログラマブルインターフェース)を備えた機械であり、メーカーや種類は問いません。また、各機械が標準の形式で見つけられるようになるため、機械同士やAIエージェントは、個別の橋渡し役となるプログラムを介さずに、ネットワークを越えて互いを見つけ、通信できるようになるといいます。さらにMHSは特定のAIモデルに縛られない設計になっており、Model Context Protocol(MCP、AIエージェントが外部のツールやデータにアクセスするための標準的な手順)のような一般的な方式を使えば、どのAIエージェントの仕組みからでもアクセスできるとされています。
長年動かせなかった機械同士の言葉と、AIエージェントとの新しい対話──その両方に共通の言葉を用意しようとしている点に、MHSの狙いがあるのではないでしょうか。

AIエージェントが機械を理解する仕組み

MHSがこの仕組みの中心に置いているのが、コンピュータと機械の間をつなぎ、命令を橋渡しする役割を持つ、標準化されたドライバと呼ばれるソフトウェアです。MHSのドライバは、「read(値を読み取る、例:温度を取得する)」や「write(値を書き込む、例:温度を設定する)」といったごく単純な命令の組み合わせだけで、あらゆる機械を動かせるようになっています。
もう一つの役割は、AIエージェントが初めて扱う機械についても、使い方を理解できるようにすることです。ロボットアームの重さのように、コードを読むだけでは分からない情報は現場に数多くあり、これまでは紙の説明書やユーザーのパソコンの中、あるいは担当者の経験則としてしか残っていませんでした。

MHSのドライバにはタグと呼ばれる項目が用意されており、ユーザーはこうした情報を自然な言葉でそのまま書き込めます。
ユーザー自身が記入することも、機械の構成について尋ねてくるAIエージェントとの対話を通じて入力することも可能だといいます。
書き込まれた情報をもとに、ドライバは機械が何を測定でき、何を調整でき、どこまでの操作が安全とされるかをまとめた参照ファイルを自動的に作成します。AIエージェントはこのファイルを読むことで、その機械を操作するために必要な情報を一通り把握できるというわけです。機械の接続と理解が済んだ後、AIエージェントはMCP、コマンドライン、コードファイル(操作の手順をあらかじめ書いておくファイル)という3つの方法で機械を制御でき、これらを組み合わせることで、複数の機械を1行のコードから連携して動かせるとされています。
実際のテストでは、Claudeがレーザーの向きを少しずつ調整し、カメラでその結果を確認しながら試行を繰り返す様子が確認されたとされ、そこで得た手順をコードとしてまとめることで、毎回考え直さなくても同じ調整を再現できる形に落とし込んだと報告されています。
調整と結果の確認を繰り返しながら手順を確立し、それを再現可能なコードへ落とし込む点は、MHSを使ったAIエージェントの特徴的な動きといえそうです。

現場に広がり始めた導入事例と今後

MHSの開発にあたっては、バイオテクノロジーやロボティクス、量子コンピューティングなど、複数分野の研究機関やハードウェアメーカーとの間で、すでに共有が始まっています。Genentech、ワシントン大学、カーネギーメロン大学、HHMI Janelia、QuEra Computingなどの初期プロジェクトでは、装置をつなぐまでの時間が短縮されたことに加え、さまざまな実験環境での試行錯誤が速くなったことや、機械の稼働中の様子をその場で確認しながら不具合を見つけられるようになったことが報告されています。
ハードウェアメーカーやそれを支えるソフトウェア企業各社も、自社製品にMHS対応を組み込み始めています。

Amazon Web Servicesは、AIエージェントと物理的な機械をつなぐライブラリ「Strands Robots」を通じてMHSに対応するとしており、Automataはラボ自動化プラットフォーム「LINQ」に、Tecanは液体分注プラットフォーム「Fluent」に、それぞれMHS対応を加えているといいます。このほか、QIAGENは核酸精製プラットフォーム「QIAsymphony Connect」上での実証実験を、斗山ロボティクスはロボットアームを用いた品質確認作業や複数台の連携作業のテストを、それぞれ進めていると報告されています。
なお、MHSはプログラムで動かせる仕組みを持たない機械にはまだ対応しておらず、そうした機械のメーカーと協力しながら対応を広げている段階だとされています。これとは別に、MHSの初期採用企業として、Hugging Faceはロボティクスライブラリ「LeRobot」への対応を進めており、Raspberry Piも自社のカメラ用ドライバでの実証を踏まえ、複数の製品でMHSへの対応を広げる予定だといいます。今後は、こうした企業を含む幅広いパートナーとともに安全性に関する評価を積み重ねていく方針も示されています。
バイオから量子計算まで、これだけ異なる分野が同時に動き出している事実こそが、この取り組みの広がり方を物語っているのかもしれません。

まとめ

いかがだったでしょうか?
Genentechの事例では、サンプル内の泡立ちのような物理的な不具合について、Claudeがソフトウェア上の問題ではなく物理的な不具合だと認識するために、研究者による手引きが必要だったといいます。Anthropicは今後、MHSのオープンソース化も予定しており、今回の研究プレビューを足がかりに対応範囲を広げていく考えです。AIエージェントに機械を任せる際には、こうした学習の過程を踏まえた運用が求められそうです。
機械とAIが言葉を交わし始めたこの動きが、次にどんな現場を変えていくのか、見届けていきたいところです。